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Posted by けんたです。
 
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国語の授業
期末テストが近づいてきた



テストが近くなってくると



更新が不規則になりがち。



ごめ。



昨日は、この下の文を途中まで書いて寝ちゃったの。




ごめ。








学校の国語の授業で




「ありがとうと言わない重さ」



という評論文を読み解いています。




今日はこれについて









なにやら




モンゴル人は




他人から物をもらったときや、いいことをしてもらったときに




「ありがとう」(ここではモンゴル語で「バヤルララー」と言うらしいが…)とほとんど言わないら
しい。




普通、人から物をもらったら、ありがとうって言いますよね?





いや





言わないほうが居心地が悪いですよね?




しかし




モンゴルの人たちは違います。






「ありがとう。」





とは、ほっ…とんどいわないのです。




反応としては




「あぁ」とか「うん」とか「はい」とかを、半ば独り言のように、喜んだ素振りも見せずにボソっと言うらしい。




実に淡々と相手の好意を受けれているかのようです。




彼らのこのような態度は、ともすれば横柄とも傲慢とも映りかねないものです。





筆者もはじめのころはムスッとなったらしい。




そりゃそうだ。日本人の視点からみると




なにか物をもらったのだから




大喜びしろとまでは言わないが、「バヤルララー」くらい言ったていいようなものだ。




が、モンゴル人男性の筆者の夫が言うには




「バヤルララーなんて言ったら、まるでそのプレゼントを心待ちにしていたみたいで、卑しいと思われてしまうよ。」




だそうです。




卑しいか…




その代わり




モンゴル人は受けた恩は




忘れずに恩で返します。




受けた恩を言葉で返すのではなく、行動によって誠意を示すのです。




そんなモンゴル人の心の持ち方には、彼らの先祖から伝わる習慣、歴史的背景がありまし
た。









モンゴルの人たちがおかれている自然・生活環境の厳しさは、私たち日本人の比ではありません。




春の砂嵐、夏の日照り、冬の雪害など、一年を通じて常に自然災害の危険にさらされながらも、なおかつ、自然によって生きていかなければならない人たちとって、寄り添い、助け合うことはきれいごとでもなんでもなく、生きていくためには必要不可欠なのです。




何件かでアイル(集落)を形成し、家畜をさまざまな方法で分担放牧したり、羊毛の刈り取り・井戸掘り・草刈りや災害対策などの労働を共同で行うことも、彼らがそのような生活の中から学びとってきた知恵なのです。




無論、こういう協力関係はその集落に限ったことではありません。




モンゴルでは、草原を旅していて、何気なく立ち寄った見ず知らずの家出、お茶や、時には食事を出されることも珍しくないといいます。




これも彼らの助け合いの延長線上にあるものなのでしょう。




モンゴルの相互依存によって成り立っている部分は、日本とは比べ物にならないくらい大きいといえるでしょう。




今日助けるということは明日助けられることであり、今日助けられることは明日助けることにいやおうなしにつながっている生活では、「言う」ことよりも「する」ことのほうがたいせつなのです。




しかし、このような厳しい環境の中に生き、口先だけの感謝など受け付けない厳しい彼らの表情の裏に、実は非常に感情豊かで饒舌な一面が隠されていることも見逃してはなりません。




その片鱗を私達はモンゴルの口承文芸のひとつであるユルール(祝詞)などの韻文に見ることができます。




ユルールは、四季おりおりの労働や風俗習慣に託して、人々の幸福を祈ったものです。




ここでは、今はあまり見られなくなったという初夏のフェルト作りに際して語られるユルールの一節を紹介しましょう。










~~~~~~~~~~~~~



雪より白く




骨より硬く




氷より滑らかに




銀より高価に作ったフェルトは





七十のゲルの覆いとなり





作った人は





百の秋を見ていけ




~~~~~~~~~~~~~







このユルールの中には、もっと短く簡潔に、数行で表現したものといわれるベレグ|デンベレリン|ウグ(演技のいい言葉)があります。




たとえば、ある家をたずね、お茶が供されると、





~~~~~~~~~~~~~




沸いたお茶は黒砂糖になれ





たずねた家は豊かになれ





~~~~~~~~~~~~~






…と相手の好意に対する感謝の気持ちを表現します。





言葉を尽くさず、胸の中に恩を思い続ける心、言葉を尽くし、相手の幸福を祈る心、その両面をもちあわせたモンゴル人の精神世界の深さ、豊かさを味わずして、「ありがとう」=「バヤルララー」と割り切ってしまうのは、なんとも残念なことです。




「日本人」という色眼鏡をかけた視点からでしか物事を見ていなかったばっかりに、モンゴル人に対して「横柄だ傲慢だ」などと感じてしまったのである。









では、このことをうけて、私達は「ありがとう」と言う言葉を使わないほうがいいのだろうか?




この問いに答えはありませんが、モンゴルはモンゴルで、日本は日本なのだから




日本人がモンゴルの人を見たときに「日本人」という色眼鏡をかけてモンゴルの人を見ていたように、「モンゴル人」という色眼鏡をつけてまで、日本を見ることはないのである。




土地が違えば、文化も違う、習慣も違う、言語も違う。




その中で共通した考え方を持つことが正しいことであるとは限らない。




完全には重ねあわせることのできない言語と言語、しかし、その隙間を覗き込むことによって、思いもかけず、相手の言語、そして、その背景にある文化がよりはっきりと見えてくることもあるのです。










引用
>三省堂 現代の国語3 「ありがとうと言わない重さ」 呉人恵著













ふう。




つかれた。




おなじ学校の人は




この日記見たら




国語の成績が上がりますw




コメントよろしく!!!


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Posted by けんたです。
comment:4   trackback:0
[日記です。]  thema:中学生日記 - genre:日記
comment
No title
これで平均-10点くらいまではいけるかな?
平均-20点いったらやばい・・・
2007/12/07 22:53 | URL | edit posted by しん
あがんの?!
これであがんの?!
しんには勝ちたい
2007/12/07 22:59 | URL | edit posted by とめ
おう!!

絶対あがる!!

せっかくだから、国語のテスト範囲は全部網羅してみるかなw?

…めんどくさいか。

2007/12/07 23:02 | URL | edit posted by けんたです。
気が向いたらやってやー。俺が助かる
2007/12/07 23:40 | URL | edit posted by とめ
comment posting














 

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